パターナリズム
パターナリズム(英: paternalism)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉することをいう。
<中略>
とくに国家と個人の関係に即していうならば、パターナリズムとは、個人の利益を保護するためであるとして、国家が個人の生活に干渉し、あるいは、その自由・権利に制限を加えることを正当化する原理である。
<ウィキペディア>
たとえば
世帯所得が年200万円に満たない人は、比較的高い収入のある人に比べて野菜を食べる量が少なかったり、運動の習慣がなかったりと、生活に問題がある傾向があることが、厚生労働省が31日公表した国民健康・栄養調査で分かった。(時事通信1月31日)
調査の結果をふまえて、厚生労働省は低所得者も野菜を食べ、運動をしなさい、という方向にもっていきたいのだろう。受け取る側が「なるほど、もっともだ」と思えば、そうしたキャンペーンも実を結ぶが、「ケッ。上から目線で言いやがって。余計なお世話じゃねえか」と不快に感じるなら広がりは見せないだろう。見下したような言い方が得意な医者や役人もいるが、効果を重視するならば、言い方を工夫しなければならない。対人関係では重要な技術である。
高学歴、都会的、高収入・・・と見られがちな人は、他人を説得することがなかなか難しいような気がする。見るからにきれいでスタイルのいい人が、「えー、本当に何もしてないんですよ」なんて言うと、「ケッ」と思う人が多いのではないか?
介護福祉士の資格を取るために、働きながら難しい試験勉強に取り組むインドネシアの女性がよく報道されるが、日常のお年寄りに接する態度が非常に好感が持てる。対人関係という点においては、むしろ彼女たちに学ぶべきことが多い。素朴で、清潔で、嫌みがなく、あまり都会的ではなく、けっして収入は高くないが頑張っている・・・こういう人が他人を動かす力があるのではないだろうか。とすると、政治家や高級官僚は不適格じゃないのかな。
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